2017-03-01から1ヶ月間の記事一覧
《人びとの容れ物A キリスト教会》 2005年 個人蔵 2005年、この作品を含む約40点の代表作を集めた回顧展が釧路市立美術館で開かれ、続いて釧新郷土芸術賞特別賞を受賞。翌年には母校の寿小学校(現・中央小学校)に米坂作品を常設展示するトッカリ美術館が…
《頌韻(三管編成オーケストラ)》 1997年 個人蔵 米坂の彫刻は、木彫と木彫から型を起こしたブロンズ像が中心ですが、一方で珍しいロウ型鋳造にも取り組んできました。真鍮の骨組みにロウを溶かし付けていくこの技法は繊細な肉付け表現が可能です。 しかし…
《港町》 1984年 北海道立釧路芸術館蔵 当時釧路に建ち並んでいた倉庫をモチーフとした作品。レンガと木を組み合わせて作られています。故郷への愛着を感じさせますが、この作品について米坂はこんなコメントを残しています。 「当座のために金が要り/差し…
《争いの発端》 1978年 釧路市教育委員会蔵 抽象化された人や物をいくつも組み合わせ、物語性・寓意性の強い作品も制作されるようになります。この作品では、一つのリンゴを中心に七人の人物が向き合い、今にも争いが始まりそうな場面が表現されています。 …
《流し雛》 1974年 北海道立釧路芸術館蔵 米坂の木彫は次第に抽象化の度合いを強めていきます。細部が省かれ、形態はいっそう厳しく研ぎ澄まされていきました。具体的に表現しないことで、かえって作者のさまざまな思いを作品に内包し、見る側の豊かな想像を…
《母と子》 1974年 釧路新聞社蔵 母一人子一人の幼少期を送った米坂にとって母子像は大切なテーマでした。その制作は生涯に及び、表現にも大きな変化が見られます。 本作の10年前に作られた母子像は、子どもに独立した存在感があり、母子共に遠くを見据える…
《漂泊》 1973年 北海道立釧路芸術館蔵 大きな志を抱き、遠くからこの地にやってきた先人の多くが夢破れ、土に還りました。米坂の祖父母もまたそうであったといいます。丸木舟に安置された人物は彼らを象徴しているのでしょう。舳先に佇む一羽の鳥は魂の化身…
《殉難》 1960年 北海道立釧路芸術館蔵 大学を卒業した米坂は、母の死もあり釧路へ戻りますが、材料の粘土や石膏は容易に入手できず、モデルもいないという悶々とした日々を送っていました。そんなある日、彫刻家の床ヌブリが半割にした丸太を持って訪ねてき…
《トルソ》 1955年 松本厚氏蔵 高校卒業後、米坂は東京藝術大学彫刻科に進学します。油絵科の高い競争率を避け、「いいかげんだった」という選択でしたが、次第に彫刻の魅力にとりつかれていきます。 これは大学2年の時の石膏(せっこう)乾漆(かんしつ)像。…
《工場風景》 1949年 釧路市教育委員会蔵 会場に入ると最初に目に入る作品は彫刻ではなく油彩画です。描かれているのは旧国鉄の釧路工場。のちに「生まれも育ちも頓化(トンケシ)」と懐かしんでいるように、米坂にとってこの辺りは原風景ともいえる場所でし…